毒親、親グダに悩む全ての人に伝えたいこと。99.9%あなたは悪くない。

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こんにちは!あずさです。

今日はね、自分の人生の目的を見立てて生きていくのに多くの人が引っかかるであろう、コノ話題。

いくよ。言っちゃうよ!

『親グダ!!』だよっ。どーん。

人と上手に関われない…全ての悩みは幼少期にさか上る説

親に責められ続けると、自分を責めるのが日常になる

親グダって、色々あると思うんですけれども、

  • 親が自分のやりたいこととか生きたい人生を全然理解してくれない
  • 親が嫌なヤツで本気で嫌いなんだけど、結局世話になってるし、良心が痛んで雑に扱えない
  • 小さい時から育てられた過程でめっちゃ傷ついたし、嫌な思いしたいわゆる「毒親」
  • そもそも自分の気持ちを打ち明けられない、聞いてくれない

とか。ちなみに私は全部当てはまってますけども。

『毒親』って結構最近出てきた言葉らしいですねー。

毒親(どくおや、toxic parents)とは、と比喩されるような悪影響を子供に及ぼす、子どもが厄介と感じるような親を指す俗的概念である。
ーwikipediaより。

 

なかなかシニカルな響きではありますが、とても的確な表現でもありますよね。この単語みた瞬間、「あ、うちの親だw」ってなりますよね。

私は小さい時から結構厳しく育てられ、機嫌が悪い母が本当に嫌いでした。

「何であなたはそんなこともできないの?」
「あんたたちのせいで私の人生めちゃくちゃよ!」
「こっちは疲れてるのに何で私が世話なんてしなきゃいけないのよ。」
「あんな友達とつるむのやめなさいよ、恥ずかしいでしょ」
「最低な彼氏ね本当に。」

まだ若く、子育てをする余裕がなかったのもあると思うのですが、そんな言葉ばかり投げつけられていました。

友達と遊びにいくのもあまり許してもらえなかったし、付き合いが嫌いな母はママさんたちのグループにも一切顔を出さず。

雨の日も嵐の日も、迎えにきてもらったこともなく、ご飯を食べるか食べないかのメールももらったことはない。

母親と仲良くしている友達をみては、すごく羨ましく思っていました。

小学生ぐらいの時って、悲しくても、辛くても、親に歯向かえないんですよね。

返事をしないだけでも顔面引っ叩かれたし、口答えなんてしようものならご飯を作ってもらえない時もありました。

だから泣きながら言う通りにして、

”何でこの親の元に生まれてきたのだろう”
“何でそんなに嫌なら子供なんて産んだのだろう”
“私はなんてダメな人間なんだろう”

といつもいつも無限ループで考えていました。

どんなにひどいことを言われても、叩かれても、それでも子供は

「愛してほしい、褒められたい、ママに喜んでもらいたい」

そう思うものなんですよね。

あー涙出てきたぁ〜〜ww

子供の頃に染み付いたライフスタイルは、恋愛にそのまま移行する

とにかく家ではそんなで、褒められたことがあまりなかった私は、学校の先生や友達に褒められては、それが嬉しくって、

どうすれば周りに快く思ってもらえるのだろうか?を常に考えて行動していました。

そのおかげで

“自分の感情をいかに殺して、周りが喜ぶコミュニケーションをとること”が日常になりました。

そのおかげで世渡り上手になれたのは事実っすw

家では常に自分の意見や気持ちが抑圧されていた分、学校では言いたいことを言ったり、とにかく笑顔で明るく振舞っていました。

しかし初めて恋愛をした時のこと、私は言いたいことを全然言えず、どうしたら好きでいてもらえるか?ばかりを考えていました。

気づけばそれは親に対する感情と同じで、

嫌われないように、自分が嫌な思いをしてもとにかく我慢をしなきゃいけないって思い込んでいて。

でもそれも結局辛くなってしまって、限界になるとシクシク一人で泣いたり、不機嫌になり相手の注意を引くという、小学生の時の私をそのまま引きずっていることに気がつきました。

自分だけが悪いわけではないのに、自分を責めて、

”何で自分はダメなんだ、何でこうなってしまうんだろう?”

と、まさに子供の頃に感じていた感情を引き出してはネガティブになり、そんな自分を心の底では「かわいそう」だと思っていました。

でもあるとき付き合っていた彼に、

「自分を見下して、かわいそうな自分をいつまでも演じてちゃダメだ。あずさはかわいそうなんかじゃないよ。」

と言われました。

ハッと気が付いたのは、

“昔の子供時代の癖をひきづること、親の気を引くように彼の気を引くこと、自分はなんてダメなんだと思うことが居心地がよかった”

ということなんです。

どうせ私のことなんて理解してもらえない、どうせ私はその程度の人間だ。こんな私を誰が好きになってくれるの?と

愛されない理由を並べて、自分が恋愛や相手に対してするべき努力をすることから逃げて、弱い自分と向き合うこともずーっと避けていたんです。

うまくいかない理由は、相手でもなく、相性でもなく、自分自身との向き合い方だったんだと気付かされたんです。

 

過去の親への思いを浄化するためにやったこと

今まで感じることを正直に全部書き出してみよう

小さい時、どんなことを感じたか、どんな思いをして、何を考えていたのかをとにかく紙に書きまくりました。

辛かった出来事、傷ついた言葉、嬉しかったこと、幸せだったこと、かけて欲しかった言葉…。

様々な感情が入り混じった母親との思い出をひとつひとつ記憶をたどって思い出していったら、

涙が止まりませんでした。今でもそれは大切にとってあって、たまに見返します。

まだ小さかったあの時は、辛くて、でも愛されたくて、どうしたらいいかわからなくて。

泣いて、頑張って、愛されようとしていた。それもわかってもらえずに、自分を責めたけど、

大人になって、今考えてみたら、

なんだ、自分が悪かったんじゃないじゃん。ってわかった。

涙で滲んだノートに書かれた文字をみて、私は本当にあの時の自分を愛おしいと思いました。

「頑張ったね、偉かったね。」とあの時に帰れるなら、自分を抱きしめてあげたい。

客観的に過去を振り返ったことで、自分の心を整理することができたんです。

そして、あの時の母は今の私と同じくらいの年だったことに気づきました。

不思議なことに、母に対する嫌悪感がスーッとなくなっていました。

逆に、なんだかかわいそうに感じたんです。

きっと子供を4人抱えて、仕事もして、大変だったんだろう。

そりゃ当たりたくもなるのかもな、って。そして、あんな言葉を自分の口から出したことで、きっと母も傷付いていたんだろうと。

それでも今まで育ててくれて、成人させてくれた。

なんか知らんけど感謝の気持ち出てくる、というまさかの展開。

そして自分は大人になったし、ちゃんと自分の問題点がはっきり自分で見えたことへの安心感みたいなものもありました。

親との関係って、近くにありすぎて逆にじっくり向き合うタイミングってやって来ない。

でも頭の片隅にはどこかずーっとあって、引っかかっている。

だからちゃんと目に見えるように紙に書くと、自分が何を感じているのか、どんな関係が理想なのかがわかるから、

一度やってみてください。そして、その自分を許して、受け入れてあげてください。

自分だけで完結させない。伝わらなくても、「自分のため」に伝える

そして、私はその勢いで母親にメールしたわけです。

なんか、謝って欲しいとかよりは、

過去の自分のために、今の自分が新しく自信を持って人生歩めるために伝えなきゃ。

って思ったから。

どれだけ自分が辛かったのか、傷ついたのか、もっと愛して欲しかった、仲良しになりたかった、とにかく素直に伝えました。

面と向かってだったら、絶対に泣く!!と思ったので、じっくり書けるメールにしました。

送信する時はめっちゃ心臓がバクバクして、既読が付いてから返信が来るまでもバクバクしました。笑

でも、送って後悔はなかったし、今まで言えずに溜まっていたドロドロしていたものを吐き出せて、本当に清々しく、

自分をめっちゃ誇りに思いました。

 

子供にとって1番認められたい母親という存在に「ダメな子」と言われつづけ、

それでも大人になって、小さかった頃の自分を受け入れ、許し、これから強く生きようと決心した自分が、

めちゃくちゃ大好きになりました。

きっと母親からの返事は、

傷つけた謝罪とか、本当は愛しているけど素直になれなかったとか、これからは仲良くやって行こうねって感じだろうなって。

心のどこかで期待していました。

でも、きた返事はというと。

 

 

「あっそう。わかった。まぁなんか一方的な考えね。」

 

 

という一言wwwwwww

 

「………………………それだけ????」

 

 

 

次の瞬間、私は、大爆笑でした。

気づいたら、涙を流しながら笑っていました。

なんの涙かはわからなかったけど。

「あー私の母は、母の前に、一人の女性なんだなぁ。子供のためにいきてるんじゃなくて、自分の人生を生きてるんだわ。」

って尊敬の念がなぜか湧きました。

あの時の感情に謝ってくれてもいいじゃん!と思ったけど、彼女は、悪いとすら思っていなくて。

子供にどう言われようが、それはあんたの意見でしょ。って言ってくるんですよ。笑

私はずっと人にどう見られるのかを気にして生きてきたので、

“あー、こうやって生きてもいいんだ。”って妙に納得してしまいました。

きっとそれは母だったからで、私も心のどこかで「母を許したい」とずーっと思っていたんだと思います。

私の気持ちをどう受け取るかは親の自由だし、私を愛することも強制はできない。

でも、

過去の自分のために、今とこれからの自分のために、ずーっとできなかった「大切な自分」を、

母親に主張できたこと、意見を言えたことが、

今までの支配されてきた関係をガラッと変え、そうすることで、恋人にも言いたいことを言えるようになりました。

不幸を嘆いても変わらない。ダメな自分なんて存在しない。

“全ての人が愛される価値がある”

今、あの小学生の頃のわたしのような状況にいる人がいるなら、

本当に心から、「大丈夫だよ」と言ってあげたい。

誰かが救ってくれる保証なんかないし、そのまま人生上向かないかもしれない。

でも、

全てあなた次第だからいくらでも希望はある。

親の育て方や家庭環境は、影響するけど、あなたの人生全てを決める要因ではない。

親がいなくても、アル中でも、DVでも、人生がその時点で終わるわけじゃない。

乗り越えた人はたくさんいる。

人より何倍も辛く、傷つき、大変な道かもしれないけど、だからこそ強くなれて、弱い者に寄り添える。

そんなのきれいごとで、幸せな家庭に生まれたかったわ!ってわたしもずーっと思っていたけど。

辛い環境やどれだけ苦労したかを、測ったり比べることってできないと思うんです。

わたしの経験も誰かからしたらなんでもない事かもしれないけど、わたしは深く傷つき、多くを学びました。

自分より辛い思いをしてる人がいるから頑張らなきゃ、とか

お前よりこっちの方が悲惨だよ、とか

そんなの関係なくって、どんなことでもあなたが辛いと感じるならそれはあなたが向き合うべき課題。

そして人生をよくしてくれる種だと思う。

それが人生グダが「親」の人もいれば、「外見」や「コンプレックス」人それぞれ。

それと向き合って、不幸を盾に自分を悲観するライフスタイルから脱却することで、

人生は前進すると思います。

そのために、どんな弱い自分やダメな自分も受け入れて、またここから愛せばいい。

じゃあどうやったら自分を好きになれるねん、

どうやって自分を誇りに思えるねん、って話です。

また別の記事で書こうと思います!

最後までお読みいただきありがとうございました。

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